以前から「別の領域」とか「エゴ」とかの言葉を聞いたことがありましたが、
一体どういうことを指しているのかよく分かりませんでした。
でも、先日、分かったんです。
これが”別の領域”か、と。
私の場合、
個人の目を通して色々と感じたり考えたりしている
一般的な意味の「私」
を
柱の陰から見ている存在
がいることに気が付きました。
「私」が何を感じているか、
何を考えているのかを
柱の陰からずっと見てる。
|・_・)
まさにこんな感じで、
大体無表情をしてる。
その存在は動くことはなくて、
ただ立って見てるだけ。
ネットで探してみたら、
「押し入れの中から見ている」
と表現されている方がいました。
イメージは人それぞれだけど、
なんとなく暗い感じのところから見てる、というのは共通なのかな?
さてこの感覚を得たら、
目の前で起きてることは
全部意味がないような感覚になりました。
何もない。
意味もない。
意味もない、というか、
意味をつける人がいない。
今だったら、
・PC画面がある。
・音楽が流れている。
それだけ。
起きていること、考えていること、感じていることは
全て幻のような。
遠い世界で起きていることのような。
他人事。
ドラマを見ているような。
自分には関係ないこと。
ドラマの中で主人公が恋人に振られても、
自分には関係ないですよね。そんな感じ。
感じたり考えたりしている「私」は
「エゴ」と呼ばれているものなのかも。
そして陰から見ている「人」は
私のような、私じゃないような気がします。
人ではある、たぶん。
まだはっきり分かりません。
「私」は見たもの経験したものに価値を付けて
色々感じます。色々考えます。
でも陰から見ている存在は「へー」と思っているだけ。
私の場合、「思っている」という感じもしないかも。
「知る」
そうだ、「知る」がぴったりかな。
ただ「知る」をしたいだけのよう。
どんなことでもいい、
「知りたい」
「見てみたい」
そんな感じ。
でも自分では何もしない。見てるだけ。
もしかしたら、これを「魂」と呼ぶのかも。
色々なことを経験したくて生まれてきた魂。
「色々なこと」っていうのは
エゴの判断する「いい悪い」は関係ない。
どんなことでも、経験したい。それが楽しい。
この視点は私にとってすごく新鮮で、
気が付いた時はいつでも
その陰から見ている存在を感じるようになっています。
ーー
長くなりそうなのでいったんここで切ります。
次の記事は、
お金に執着しなくなったことを書こうと思います。