先日、娘が風邪を引き出して、
よく感じてみると自分も頭がちょっと痛くて、
「あぁなんだか疲れがたまってるのかな?
今日も一日頑張ったなぁ、ちょっと疲れたな。」
と思いながら寝ようとした日のこと。
自分で感じようと思ったわけでもないのに
別の領域?存在意識?本当の自分?の姿が見えました。
それまでは柱の陰からこちらを静かに見てる感じだったのに、
この時は、
家で、ポップコーンでも食べながらまるで映画を観てるかのような感じで、
リラックスしてソファーにもたれかかって、
「あぁ今日(の映像・テレビ)は終わりか、面白かったな(^-^)」
と言っていました。
確かに、言葉で聞こえました。
私は二重人格になってしまったんでしょうか^^;(笑)
はたまた妄想(病的)か・・
エゴ、自我からはそんな風に思ってしまう感じですが。
何が言いたかったかと言うと、
「私」(自我)が
「頭も痛くて、疲れたなぁ~(´-`)」
と思ってるのに、
「私」(存在意識)が
「あーおもしろかったヽ(^o^)丿」(他人事!w)
と思ってたことです。
本当に、テレビを見ている感じだったんです。
「今日の分は終わりか~おもしろかったな~」
みたいな感じです。
自分でその存在を感じてみようとしなくても
勝手に浮かんできたのでびっくりしました。
潜在意識(と言うのかな?呼び方は分からない)からしたら、
「疲れた」も「頭が痛い」も他人事で、
「へぇ、そんな風になるんだ、おもしろーい」となります。
だから、
潜在意識からしたら
「疲れた」も「頭が痛い」も幻。
本当は起こっていない、というのはこういうこと。
踊らされる、というのはこういうこと。
それがいいとか悪いとかではなくて。
それが分かると、
嫌なことが起きた時に、
次で紹介する①のように思うようになります。
現実で何か起きた時、嫌なことが起きた時に
今の私ができること。
①「そうだ、これは幻だったんだ。」(終わり)
(潜在意識の存在を感じる。現実に囚われないで流す。)
②「(①の続きで)意味を勝手につけているのは自分だ。」
「気になったってことは私に何かメッセージがあるんだ」(色々考える)
(自分との対話。自分のことを深く知るチャンス。)
③「過去の自分が引き寄せたものだ」(終わり)
(引き寄せのことを思い出す。現実に囚われないで流す。)
④「気分の良くなることをしよう」
(引き寄せのことを思い出す。波動の調整。現実から焦点をずらす。)
私がその場ですぐできるのは、
かわいい子供達の顔を思い浮かべたり、
きれいな景色を思い浮かべたりです。
この4つかな。
その時その時で、スムーズにいくやつをやるって感じです。
勝手にそう思っちゃう、みたいな時もあります。
①で終わる時と、②に続く時があります。
現実で起きていること次第です。
奥がありそうな時は①から②に続く。
これをしてたからか?
嫌なことはほとんど経験しなくなってきました。
そしてたまにそういう嫌なことがあると、
「どんなメッセージがあるんだろう」
とちょっと面白がれる時もあるようになりました。
いや、実際、面白いんですよ。
自分のことを知るのは。
自分の思い込みや観念、信念を知るのは、面白いです。
「こうじゃなくちゃいけない!」
「こうしなくてはいけない!」
「これこそが良いことだ!(それ以外はダメだ!)」
という、思い込み。
「え~~っと、それ、本当??」
「なんつーか、意味ないよね^^;」
って突っ込みを入れたり、
「おぉ~そんな風に思ってたのか、
それは頑張ったね~辛かったね~もういいよいいよ~」
と思うことがあったり。
面白いです。